“秋笹月夜 架空現”
        (あきのつきよ かりそめのうつつ)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より (お侍 習作168)
 


        




 かつての仇敵のうちが一人、現領主の手下にして彼の両親へ毒入りの酒を含ませた悪党を、守護神の霊水で清めた形見の護剣で見事に討ち果たしたものの。捕り方たちとのやっとおの中で、深い手傷を負ってしまったらしいキツネの若君。人の姿に戻りながらも、引き留める娘やその父親で かつては彼の父へと仕えた忠臣に、どこか寂しげな一瞥を送るとそのまま萩の野を駆け去ってしまい。その行方は杳として知れず…とされて舞台の幕は引かれる。一方、寵姫と腹心の死を聞くこともなく、悪事の大元の現領主もまた、件の弊が顔にかぶさったのを振り払いも出来ず、息を詰まらせ亡くなっていた…と、そんな仕立ての大芝居。

 「玉藻様っ」
 「高砂太夫っ」

 役名で掛け声がかかるほど、最近あちこちで人気のこの芝居は、仇討ちを基盤に、様々な恋愛模様やら奸計やらが絡まり合う“人情もの”の要素もあれば、外連
(けれん)たっぷりの活劇もありと来て。老いにも若きにも見ごたえがある仕立てであるがゆえ、演じる方にも支度が要って。老若男女、幅の厚い役者も揃えにゃあならないが、舞台の仕掛けや鮮やかなトンボの切れる軽業師もどきの吹き替えも必要なのが難どころ。物語の初めのほう、若様の身の上あらわす愛らしい子役や、キツネへ転生する不思議を見せる凝った仕掛けまでは到底無理とし。せめて、二枚目が演じる若様の正体が露見し、大立ち回りとなる一番の見せ場の幕だけを演じるにしても。物怪の身の軽さを再現する“吹き替え担当”がどうあっても要ったため。ウチじゃあそこまでだって無理な話だと、はなから諦めていた小さな小さな旅の一座に、最近転がり込んだのが…そういう外連の特に得意な軽業師で。

 『こういう一座だからさ、あんまり過去を深くは聞いてなくってね。』

 浅く訊いたところでは、どこやらの街の地つきの芝居小屋に居たものが、酒でか女でかしくじってしまい、そこには居られぬと已なくあてのないまま旅立ったとかいう話。何となりゃ女盗賊の吹き替えも出来ようほどに小柄で、肝心の芸も勿論のこと確かと来て。試しにと話題の芝居をやってみりゃあ、自分を全く表へ出さぬ演じぶりが他を引き立てての大当たりで。一番の見せ場がどこの一座よりも見事と、評判はあっと言う間に街道を駆け巡り、あちこちの里や町から、どうか来てくれとの依頼が降るほども舞い込むほど。芸達者じゃああったが華がなくっての無名だった一座は、たちまちにして引く手数多の有名どころへとその名を上げた。

 「その、軽業師が怪我をしたんじゃあ、
  芝居の幕は上げられないはずだった…か。」

 ぼそりと低いが響きのいいお声がし、ハッとした人物が月光の下で振り返る。舞台の脚本と違い、今宵は中秋の月が明々と目映いくらい。その下に居たのは、杖さえ要らぬという良い姿勢にてすっくと立っていた…軽業師の男であり。

 「あんた…。」

 彼が“何で此処に”という意外そうなお顔になったのは。そのお声の主が…厳格そうに見せながら、だのに懐ろ深くて取っつきやすくもあった不思議なお武家、勘兵衛とかいった壮年の方のお侍様であったからで。

 「早く追っておやんなさい、お仲間が…。」

 先程の舞台で自分の身代わりをし、それは鮮やかな外連を打ってくれたほど身の軽かった、年若い美貌のお連れ様。若様役の吹き替えという出番が済んで、この小屋の裏手へと姿を現したその途端、複数の何物かが襲い掛かって来て。腰に帯びていたのは芝居の模擬刀。これでは太刀打ちも出来ぬと思ったか、敷地の向こうへと駆け出してったばかり。まるで手練れの狼たちから追われるうら若き獲物のようだったと、それを目撃した彼もまた、今しも駆け出そうとしかかっていたのだが、

 「久蔵が、お主だと取り違えられたのではないかと。
  そうという心当たりがあるのだろう?」

 「………っ。」

 体の形へ合わせた縫製ではない、布をわさわさと無造作に肩から掛けているそれのようにも見える砂防服をまとっておいでのお武家様。そのせいか、実は屈強精悍な肢体をしているものが、今のような宵の口の薄暗さの中なぞでは意識もされずで。よって、日頃はその奥行きの深そうな威容に圧倒されもしてのこと、何とも言葉を交わせぬまま、目礼を届ける程度にしか接しないようにして来たものが。今は微妙にその心持ちも違って、身のうちに跳ねた感情に任せ、ぐうと言葉に詰まったその素顔を、ついつい相手へ晒してしまった軽業の男であり。

 「身が軽いのは軽業師だからじゃない。
  そんな身なこと誤魔化すために、そういう肩書だとしていたというのが、
  正しい“ことの順”なのだろうて。……違うかの?」

 目立っちゃあ不味い身の上だが、ともなれば 向こうだって“まさかにそんな派手な真似をしちゃあおるまい”と。人からの注目を集める芝居稼業、露見する恐れが高い場所ながら、丁度この舞台の鍵でもあった“笹のそば”にわざと身を置いていた。これまではそれで無事に過ごせて来たけれど、さすがに随分と日が経って、お主が見つからぬことへと焦った追っ手が、やっと届いた評判の一座の噂に もしやと気がつき、とうとう見つかってしまったか?

 「……。」

 ご指摘のその通りということか、かくりと項垂れてしまった男は、だが、

 「俺りゃあ庇ってもらえるような身の上じゃあありません。」

 項垂れたままでゆるゆるとかぶりを振って見せ、

 「公儀の間者だの、お役人のネズミだのだった正体がばれて追われてんじゃあねぇ。
  俺だって盗っ人だ。押し込みにも加わったことがある。」

 自分だって凶状持ちだと、せいぜい悪者ぶったクチを利く彼だったが。長い衣紋の袖をたくし上げるように手を上げて、顎のお髭を撫でた壮年殿。そのすぐ上の口許をほころばせると、

 「だがの。
  ただ居なくなるのじゃなく、小芝居打って舞台を中止させようとしたり。
  それが叶わんだなら、いよいよ一人でとっとと逃げ出せばいいのに、
  それもまた出来ず。
  襲い来るだろ昔の同輩と刺し違えるつもりで、
  此処で待ち受けていたお主は、悪い人性とは思えぬのだ。」

 追っ手とやらは、単なる盗っ人一味か? お主とて、何かを盾に取られての闇ばたらきだったのではないのか?と、低いお声で聞かれた刹那、嘘をつけない不器用な男でもあるらしく、そんなせいでだろ、言い訳は出来ぬとしながらも握り込まれた拳が白くなる。…と、

 「お武家様よ、余計な世話だ。」

 夜陰の中へ、野太い声が割り込んで来て。はっとした軽業師が顔を上げたと同時、

 「そいつぁ、病の娘の薬代ほしさで鳶の仕事を辞めの、
  俺らと一緒に盗っ人してやがった悪党でな。」

 雑草があちこちに生えるままとされた空き地へと、何人かの気配が入り込む。声の低さのみならず、語調の中に含まれた強かそうな張りがいかにも傲慢そうで。今まで思いのままにならなんだことは無いかのような強気な物言いが、成程、小心な者へはそれだけで十分な威嚇にもなりそうだったが。

 「厳重な塀の突破にゃあ欠かせぬ仲間だ。やっぱ居ねぇと困る顔なんだよ。」
 「何が目当ての口説か知らんが、大人しく引っ込んでねぇと、
  俺らの仲間をまんまと連れ出してくれやがった若いのともども、」

  「ともども、どうなるのだ?」

 賊らの堂にいった言いようを遮って。相変わらずに余裕の表情のままな 壮年のお武家のそれでもない、無論のこと押し黙ったままな軽業師でもない、全く聞きなじみのない堅いお声が立つ。盗賊たちが“え?”とお顔を上げたれば。新月に間近かったという芝居の設定とは違い、こちらは望月の光を背中に背負った人影が。芝居小屋とこちらの空き地とを仕切る薄い板塀の上へ、危なげなく立っており。それへと気安い声を掛けたは、他でもない壮年のお武家様。

 「久蔵、早かったの。」
 「…。(頷)」

 彼の登場へは、軽業の男もまた唖然とするばかり。吹き替えという演出はバレバレでも、さっきまでの若様なんだとするためのお顔のかづき、薄い布にてお顔を誤魔化してもいたがゆえ、まさかに身代わりの別人とは思わなんだだろう、自分への追っ手の盗賊一味が待ち構えていたのと鉢合わせし。そんな連中が襲い来るのをを引き連れてという格好で、あっと言う間に駆け去った彼であり。こっちへ顔を出した頭目格の面々の言いかかってた顛末、ただじゃあ済まない目に遭っていたのではと案じたそれが、

 「…お怪我は?」
 「〜〜〜。(否)」

 ゆるゆるかぶりを振る彼は、確か白い小袖を来ていたはずなのが、下に着込んでいたものか、今は…常の衣裳の真っ赤な長衣姿をしており。たっぷりと布を使った長めの裳裾からでも随分な痩躯と判るその肢体に帯びるには、ともすりゃ重くも見えよう二振りの大太刀を仕込んだ、背負いの鞘を担いでもおいで。夜風にそよいだ金の前髪がふわりと浮いて、光の粉が散って見えそうな淡い輝きの、その下から覗くは紅色の双眸…と来て。

 「……っ! ま、まさかっ!」
 「どうした、虎の字。」
 「アレだよあれ。
  金髪で赤目の若いの連れた、壮年の賞金稼ぎの…。」

 驚きの余りにか声をひそめるのさえ忘れている連中の言いようへ。おやおや それではまるで…と、勘兵衛は苦笑をしたのみだったが。

 「…〜〜。」

 久蔵の側はカチンと来たか、いかにも判りやすく眉をひそめている。勘兵衛の連れという言い回しへは多少慣れて来たものの、今の言われようではまるで勘兵衛に飼われている何かのようではないかと、さすがにそこは気に障ったらしい。そんなこちらの気配にも気づかぬか、

 「まさか…褐白金紅だってのか?」

 謎めきの若様を地で演じられそうな、不思議な雰囲気の若いのと壮年と。言われてみれば…こちらの二人は、その賞金稼ぎと風体も風情も似ちゃあいないかと、今頃になって気がついた連中であるらしく。実物を見たことは一度もない相手ではあるが、

 「ウチの野郎ども何十人に追われたはずが、
  あっと言う間の無傷で戻って来やがったんだぜ?」

 しかもしかも、肩で息をしの命からがらなんてもんじゃあない。ちょっと席を外して月を観に行っておりましたと言って通じそうなほど、そりゃあ静かな様を保っている彼であり。だがだが、決してそんな穏やかなお出掛けだったのではなさそうだというのは、風向きが変わって、彼の来た方からぶんと強いのが吹き抜けた夜風に乗って届いた、紛うことなき血の香りが全てを語っているようなもの。足元まである衣紋をはためかせながらも、塀の上で微動だにしない若いのは、視線だけを壮年のほうへ向けると、
「…中司を呼んだ。」
 ぼそりと呟き。それだけで通じる何かがあるものか、
「さようか、では今宵のうちに片付こう。」
 うむうむと、壮年もまた短く応じたのみと来て。あまりの余裕と掴みどころのなさと。それらが示すは 全ては彼らの手のひらの上という運びなのへ、幾久しく縁のなかったそれだろう、不安とやらが頭をもたげたか、

 「きさまら〜〜っ!!」

 いまだ芝居は見せ場の愁嘆場を続けているものか、芸達者な役者が揃っていたので、少しくらいでは外の騒ぎにも注意は向かぬことだろが。それでも、一般の町人へは縁のなかろう、血なまぐさいすったもんだへ巻き込むのは上策でなし。やれやれとの苦笑を口の端へと滲ませると、ただただ口説を並べておいでだった白い砂防服の壮年のお武家もまた。その長々とした上着の陰から、骨太な意匠のなされた大太刀の柄を覗かせ、大ぶりな手ですらりと引き抜く。それはそれはゆったりとした所作動作であり、そうまでもたもたしていては、突っ込んで来た大男の繰り出す太刀には間に合うまいと感じた軽業の男が、あああっと悲痛な声を上げかかったものの、

  ――― しゃりん、と

 それは涼やかな金属音が立ったのは、壮年殿が耳朶から提げておいでの、耳の飾りが揺れたのか。それと錯覚したほど軽やかな、されどくっきりとした鋭い音が夜陰を走り、随分と細い稲妻のような、一瞬の輝きが閃いて。鋼の串のような、細いが強靭そうな銀線が闇の中へと描かれたその先では、

 「あ……。」

 今しも掴みかかろうとした相手からは、どこといって触れられはしなかった。だが、それ以上は進めなくなったほどの圧で、目に見えぬ何かに強かに叩かれたことだけを感知した大男が。自分自身に何が起きたかが判らぬか、手のひらを見下ろして見せたそのまま、全身にまとっていたつぎはぎな甲冑のこしらえが、どんっと弾け飛んだ衝撃に叩かれ、

 「ひゃあぁあっっ!」

 やっとのことであわわと驚いてたたらを踏む。超振動という波動の技にて、鋼鉄の防具を触れただけでことごとく砕いてしまった壮年だったらしい。その身の最もすぐの間近で、鋼の堅い破片が勢いよく弾けて飛び散ったのだ。それなりの衝撃も浴び、大男はそのままその場へ崩れ落ちてしまったのも無理はなく。続いていた別の頭目には、

 「あぎゃあっ。」

 返す太刀の峰側での殴打一閃を脾腹へ深々とお見舞いし、やはり地へと伏せさせた。瞬く間に凄腕で鳴らしてたらしい幹部格を二人制覇してしまった腕前の物凄さよ。切り殺さなんだのは、だが、情けからじゃあないらしく、

 『ああそれはきっと。
  こんな場所に屍だの血しぶきだのを残しては、
  町の皆さんがのちのち怖がるだろうと思われたのでしょうね。』

 こういう荒ごと専任のお役人にしては ちょっぴり頼りなさそうな、いやいや空気が読めないだけか? そんな雰囲気のする州廻りの警邏のお役人が、後日に変わりはないですかと訪のうた折、彼らの対処へそんな風にご説明くださったけれど。

 『もしも息を吹き返したらば、逃げ出したり罪を重ねたり、
  やっぱり後難がありそな連中ですからね。』

 処刑までを待ってやらずの対処の一環として、殺してしまうのも已なしという…許可というのか認可というか。賞金稼ぎとして名を馳せておいでなお武家様がたの“仕置き”には、私どももいちいち咎めだてはしないので、罪科を恐れて遠慮なさった訳ではなかろうと。いかに頼もしい方々かと我がことのように鼻高々でおいでだったが、

 「…そういや、俺も聞いたことがある。」

 もう一人ほどいた頭目格も、もはや戦意もないものか。久蔵と呼ばれていた若いのがひらり間近へ飛び降りて来ただけで、ひゃあっと跳びはねたところを、やはり脾腹を突かれて昏倒し。張り合いのないと言いたげに口許曲げた若いのに、つま先でつつかれても目は覚めなんだ。それを苦笑しもって眺めつつ、慣れた手際で太刀を収めてしまった壮年のお侍へ、軽業師がぽつりと零したのが、

 「そりゃあ腕が立つ“野伏せり狩り”のお武家がいると。」

 たった二人で何十人もを、しかも一晩でからげてしまった武勇伝は数知れずで。白い衣紋に仙人様のような静かな風貌なさった壮年様と、真っ赤な衣紋で役者のように整った美貌をなさったお若い方と。いかにもという挑発的な雰囲気はしないので、気づいた時にはもう遅く、

 “…こんな風に狩られてしまうということか。”

 だが、と。軽業師の男は、太刀を振るったことで少しほど離れた壮年を見やる。そちらからも んん?と視線を返す彼は、昼間日中そうであったそのままに、厳格そうな堅苦しそうな面差しながらも、鬼のような怖さはどこにも帯びてはなくて。それを生業のように言われている“人斬り”を、だが、単なる“ついでに”こなしているからではなかろうかと思われて。

 “……それはそれで、おっかないことではあるけどな。”

 それでも。人を屠ることを何よりもと優先してはおらず、自分たちと何ら変わらぬことへと、笑ったり驚いたり感じ入ったりなさる、何とも変わりないお方々で。

  ―― ああどれほどのこと、その裡
(うち)へ、
     胸を灼くよな地獄を見、喉をも切り裂く羅刹を呑んだら、
     そこまで懐ろ深くなれるものか。

 これでも捨て身で今現在の仲間を守ろうとした、軽業の男のちっぽけな勇気、ちゃあんと認めてくださった優しさも、その懐ろにはお持ちの白い夜叉様へ。感極まったか、涙ぐんでしまった彼であり。

 「???」
 「ん? ああいや、別に説教なぞしちゃあおらぬが。」

 こやつが泣いておるのは、お主のせいかという視線を久蔵から向けられ、それへこそちょっぴり困っておいでだった勘兵衛様。どうしたものかと頬を掻き掻き、珍しくも助けを求めてか、頭上に輝く中秋の月をついと見上げた彼だったそうな。








  〜Fine〜  10.09.24.〜09.25.


  *おや、ちょうど2カ月も間が空いてると、
   ワープロの方のひな型の日づけ見て気がつきました。
   夏休みは女子高生三昧してましたものねぇ。(妙な言い回し…)
   やっとのこと、久蔵さんもまともに動ける秋ですね。
   関西なんて一気に10℃も涼しくなったぞ。
   昨日と同じ恰好だと風邪引きそうだってんで、
   大急ぎでTシャツ引っ張り出しました。

  *こんな騒ぎでとはいえ、舞台へ立った久蔵殿だったこと、
   虹雅渓のおっ母様へも伝わって、

   「おや、それはわたしも観たかった。」
   「〜〜〜〜〜〜。//////」

   さぞかし凛々しいおキツネ様だったのでしょうね。
   ああでも、久蔵殿、

   「勘兵衛様はおタヌキ様だから、笹の葉では正体見せませんよ。」
   「…っ。」

   そうかそれで、あれ以降、
   人の着物や髪へと笹を差して来やるこやつであったかと。
   そういう後日談もあったりして?
(笑)

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